"あたらしいふね"と手漕ぎ船

 

さて、検索用の記事は置いておいたので、割と趣味……というか、マニアックな感じの記事でも書こうかと。

 

申し訳ないくらい淡々としてしまうのは、どうにも性質なようで。他の人の反応の方が気になってしまうのかな、色んな言葉を見かけました。サポートどうするの、解散しなくてよかった、そもそも解散してなかったんかい、これを機に距離を取ろうか、諸々……
20時にトピックが上がって、各ニュースサイトに載っていって、拡散されていくのを記事を出した後はぼんやりと眺めていたら当日が終わってました。

「私は2011年で終わってるので」
ある意味非常に的確で、間違いのない言葉だった。該当者には勝手に書いてしまって申し訳ないけど、当然のようにそれらの言葉は出てくるはずで。

なぜか、「私が好きなRAG FAIRがあなたを傷つけてしまってごめんね」っていう気持ちばかりが出てきてしまった。私、ほんとうになんでもないんですよ。

先月末にYahoo!ジオシティーズが終わるというのはある意味ネット史の象徴のようなできごとだったわけだけど、その最終日にずっと私設のRAG FAIRのファンサイトをめぐっていたのが私です。他のページのリンクが途切れ途切れになっていたり、更新も10年以上や10年近く途絶えているものばっかりで、でも今改めてこれらを見ておくことは必要だと思った。本人たちが知ってる知らない、見ている見ていないはともかくとして、"そういう人たち"に支えられて駆け抜けてきた上に今のRAG FAIRが立っているんだってことを1日で強く実感した。

 

……色々タイミングを選べないのは知っているけども、それにしたっていくらなんでも激悪でしょう。だってBROAD6ツアー東京(横浜)公演の翌日だぜ。私今頭の中伸二さんのめちゃ甘リードでいっぱいだよ。奥村違いやねん。

BROAD6でRAG FAIRの話って告知がなかったり、あってもうまく噛み合わなかったりして本当に話をしないんだけど……かとけん腹の奥に溜めたまま2日間4公演やってたのかと思うとさあ、いや、いい大人だからそれはこなして当たり前なんでしょうけど、やっぱりふたりに対しても「ごめん」っていう気持ちがわいてしまうわけで。

日曜の2nd、つまり最終公演、なし崩し的にメンバーがセンターマイクをぐるぐる巡りながら互いを紹介しあう一幕があったのだけど、そこが終わったときにちょっと、ほんとうになにかをちょっと逡巡したかとちを私は見てしまっていて。

さっきの記事では「ハモカンにドラムとベースが入る」ことをどうにもアイロニカルだと書いたけど、夢と魔法の世界を「自分から壊さなかったこと」は、ほんとうにほんとうに、偉いと思う。かとち、本当によく頑張ったよ。

今回はちょっと周辺を探検したこともあったり、新年度で交通事情が変わったりして、潮の……海のにおいと、船をとてもたくさん見た2日間でした。どうしたって海や船は、RAG FAIRの節目節目において、こんなにも、否が応でも象徴であり続けてしまうんだなあ……

……ああ、あと、関係あるようでないような話をすると、Raggageの今村ねずみさん、最近STU48のお披露目公演の構成・演出をなされたそうですね。私、ほんとうに偶然のように昨日知ったんですよ。

 

さて、そして私。

 

元々取っ散らかりがちな傾向のあるRAG FAIR(メンバー)の活動、なんとなく代々告知してくれる人が昔からいるのです。2chみたいにスレ立て番号があるわけでもなく、wikiのように管理を引き継ぐわけでもなく、なにもないならゆるゆると、誰かがやる、という感じで……私でもう何人目なんだろうね。

その間に、たくさんたくさん、知っている人が消えていくのを見てきました。私設の告知アカウントがひとつ、またひとつと動かなくなっていき、地方在住の人や経済的な優先度が低い人がどんどん置いていかれ……、それこそ荒波にもまれていくように。

RAG FAIRの隆盛はtwitterを介さない時代が圧倒的に長く、かつtwitterの隆盛以降は活動を方向転換して以降だったので、RAG FAIRはファン同士が相対的に交流をもっていないグループだと思っています。それでも、ひとり、またひとりと、気づいたらいなくなっているんですよ。

もちろん今のそれぞれの活動の上で知ってくれる人はいるけど、それはすごくありがたいことなんだけど、「知っている人を増やす」という選択肢を取らないということは、「よく知っている人でさえ減っていく」ということで。もうちょっと強めにいうと、今までもらってきたプレゼントの美しい紐で、あなたたちは自分で自分の首をゆるやかに絞めているんだよ。替えがないのもわからずに。

そんな中で、私がこういうサイトをもって、毎月の活動とかをリストアップして、書き続けていくのを、どうしたってこんなことがあると逡巡してしまう。自分は自分の好きなものをダシにして自己肯定感を得たいだけなのかな、とか、唐突にふっと思ってしまう。

 

かとソロと洋ソロとぶろーどもちろん書いてるし、あげるけど、ほんとうにこのままでいいのかな、っていうのをちょっと思っています。私は私だと伝えた方がいいですか、それとも。

 

にしても、なんでよりによってFacebookのプロフィール写真から手を入れるかね。そういうとこだよ。